もち

お雑煮

雨の打つ音が好き

24451〜君と僕の声〜

感情の保存的な、各日ごとの簡易的な感想

 


7/16 ひたすらに嬉しくて嬉しくてたまらなかった1日目

ドーム入って、うわーちゃんとセットあるし(当たり前)ちゃんと赤青の照明でKinKiだし(当たり前)
だけど当たり前のこのKinKiのためだけに作られた空間がどれだけ多くの人・時間をかけられて作られているのか
それこそ毎年KinKiが頑張ってくれるから出来る場所なんだなということを、この前の冬のドームを経て改めて強く思う。

 

キスミスでガンガンレーザーが飛んでたのを見て、19年以前のKinKiのコンサートが帰ってきたな!と思って一瞬気持ちがコロナ前に飛んでしまったな

 

「25周年イベント」だから10周年の時みたいにドラマとかサブコンテンツまで含めてコメントをしていく形式かなとも思っていたのだけれど、蓋を開けてみれば全然で。セトリには25周年を振り返るというものが全面に出ていたけれど、逆にそれは振り返り要素が曲くらいにしかないということで。今までに何度もアレンジしてきた曲たちをあえて原曲ママで披露しているのもそういう意図があってだと思う。

良い意味で周年イベント感がないというか、振り返るイベントではなくて25年目の夏に今、会っているというリアルタイムを大事にする2人のままがあったような気がして感動した。

 

2人のトークも凄くしょーもないことをずっと言ってて、初日1発目のトークが剛くんしか知り得ない男闘組の話だったり、白い歯舌見せて笑う、暑い暑い言う、ズボン破けた?って見せる、とか。
凄く自由奔放なのがKinKiって感じ。
「白い歯舌見せて笑うのところ、笑っちゃうアカンからな?」ってその時、その空間だけの空気が作られていくのもなんか物凄くコロナ前の2人のコンサートを見ている感触だった。

 

2人の言葉の端々にも、25周年だから…みたいなのではなくて、なんか、なんとなくだけれどこれからにワクワクしている、そんな空気が伝わってきて無性に心が躍った。

 

「今回、どうすれば皆さんの近くに行って伝えられるか、それを考えてフロートを使ってみることにしました」って言ってくれたのも、嬉しいものがあった。
退化とかでは決してないんだけれど、25年目にしてまた前進して試行錯誤を重ねてファンのために模索する様子に、やっぱり凄く誠実な2人だなと。

だってまさか、フロートに乗るなんて思わなかったから……。

 

FRIENDSの最初でハイタッチ(初日ハイタッチだった気がするんだけどどうだろう)するのとか、フロートとか、そういう手段をとっているの。
KinKiのことを、そしてKinKiのファンを大切に思っているんだなあと。ここで改めてそう言う表現を凄くわかりやすくやってくれたことから感じ取れて嬉しい。最後のKも同じ。

 

フロートに乗ってる時に「こうやって25年やってても未だに手を振ってくれるのはすごいこと」って言ったり「手を振ってみて?」って言ったり。2人がコンサートというmagic timeな時間のことを凄く大切に愛おしく思っているのを感じて、愛されているなあと共に、こんなに愛をくれる人たちのファンでいて幸せだな!!と
感極まった1日目、初日だった。

 

7/17 大阪二日目


「25周年少しずつ少しずつ何をやっているのかお知らせできていると思いますが、これはここで初めて言うかな。KinKi KidsYouTubeチャンネルが開設されます!」って言う2人がやっと言えた!な表情をしていて。剛くんが「ようやく…何度言ったことか…」とも言葉を漏らしていて。昨日の2人から感じた隠しきれないほどの「これから」への期待、ワクワク感の正体はこれだったのかーー!
若いグループならともかくKinKi Kidsが?それもグループごとになるとやけに保守的になるKinKi Kidsが?!
まさかの発表すぎて、周年ってこともあるけれどその前からコロナになって直接会える場というものが揺らいでしまってから2人がしたかったことの一つが、こうして叶えられたことがひたすらに嬉しくて、それを叶えてくれて感謝しかなかった。

YouTube開設だけでも嬉しいのに生配信までしてくれて、同じ時間を過ごそうとしてくれている。同じ時を生きて、その奇跡の一つ一つが作っている今という時をすごく愛してくれているなあ。

 

その後最後のAmazing Loveですごくのけぞって「our love!」「la la la love!」と歌う2人が、ドームという広い空間の隅から隅まできてくれた人全員に歌を、思いを届けようとしてくれているなあと凄くわかって。素敵な人たちだなあ。

 

tomoshb1.hatenablog.jp

 

 

ロッコ乗ってる時
最初剛くんが見えて、なんか剛くんはふわ〜っと空気をかき回すように手を振って歌って笑っていて、幸せを振りまく妖精みたいだった。手を振るだけでふわぁ〜っと体温が上昇していく感じ。手を振るだけなのにその動作によって気持ちがあげられていく感じ。剛くんもペンライトの海の中を漂って人のつながりを心地よく感じていたのかな。


光一さんは対して凄くこっちを真顔で真っ直ぐと見つめてきて、凄く目が責任を持って面倒見ている、守る、みたいな目でヒェッってなっちゃった。あなたにこの歌を届けています、という感じで。マナーを守ろうという話は基本全部光一さんがしていたので、それもあったのかな。前で心地よくふわ〜っと手を振っている剛くんを含めてなんというか、安全責任者みたいな感じだった。騎士かな?何かを守るために戦う時の光一さんは一際美しい。


ふわっとニコッとしてる人と真顔でカチッとしている人が一緒にトロッコ乗ってくるの、でもそれでちゃんとKinKi Kidsって成立するのでなんとも不思議な2人だなあ。

 

やめるやめないの話で「未来」(たびたびインタビューで見かけるかもしれないやつ)を語るのではなくて、25年だろうがなんだろうがこの先にまた面白いことができるという期待感を2人が持っているということ、それがはちきれんばかりに溢れているのが嬉しかった!!いい意味で年数関係ないってこと。

 

 

8/6 東京初日


不思議とKinKiとお別れという感じはしなくて(YouTubeの全抱きのエンディング感にはやられていたけれど)

光一さんの口からハッキリと「また冬に、皆さんここでお会いしましょう!」と言っていたのも
剛くんが「皆さんがこうやって(マナーを守って)過ごしてくれると、光一くんも言った通り冬に会いましょうと言えるし、それに向かって僕たちも過ごせるんだと思います」と言っていたのも、みんなで冬に向かって行ってるんだなと未来が楽しみで仕方がない。

 

Anniversary前のトークで、ちょっと纏まりきらない感じで20周年のことを語り出したの。大阪の時は触れてなかっただけに今こうして口に出せること、まさか出すとはと思ったのもあって、その後聞こえたAnniversaryが凄く優しい響きで、この音を奏でられる今日にたどり着けて良かった。

 

この日は無性に全て終わった後のKinKi Kids 25th anniversary の文字にグッときた。というのもこの日が1番25周年感がなくて、この人たちこんななのに25年目なんだあ(25年目とは思えないほどの互いに新鮮味を持っていたトーク)(25年ないし30年とは思えないほどの深い絆)と相反する気持ちが渦巻いて、2、3周回ってちょっとクスッときちゃったな。25周年おめでとう。

 

8/7 25周年の締めくくりの日

昨日はちょっとまとまってない感じで喋り出した20周年のことをこの日は整理がついた感じではっきりと文脈立てて話しはじめて、加えて「剛くんは辛いことがたくさんあったけど」とずっと(本人の気持ちは本人にしか分からないから)と代弁することを避けていた光一さんがそこまで踏み込んだ発言をしたことに驚いたとともに、そこまで明確に話せるように一つ昨日から今日の間で整理がついたのかな。1日目と2日目の触れ方はまたちょっと違ったから…。

大阪で全く触れなくて、東京の1日目でようやく触れられたのは、7/21を無事に2人で乗り越え、8/7という日を2人で共にAnniversaryを歌えるところまできたからなんじゃないかなと思う。

 

この日は2人が開演前にメディア取材を受けていたのもあって、これからは?って聞かれたけど今までが偶然の連続だし、先のことはわからない。目の前にあることを形にできればと思ってやってきているという剛くんに、瞬間瞬間の連続だよねって深く同意する光一さんを見て、うん、KinKiらしいなと思った。

 

heyみんな元気かいの収録がすごく記憶に残ってる。
クラップする事は大丈夫なのかな?と表立って心配しまくってたわけじゃないんだけど、剛くん自身が楽しそうに煽るし、反響すごいなあと思ったら今度は「ずれるのしゃーない!ドーム広いし、もっと!」って背中を押してくる光一さんに心動かされてバーーッ!とクラップが大きくなって。

その大音量の中剛くんが笑顔で体を弾ませながら歌っていて、それがすっごく良かった。クラップが渦巻いてどんどん楽器が増えていく中で、音に乗って楽しそうに体全体から音を響かせる剛くんは、音楽を楽しんでいる笑顔そのもので。あの笑顔を見てこっちまで凄く幸せで嬉しくなった。笑ってて「良かった」って思った。だってクラップしすぎて白い二の腕が真っ赤っかになっちゃってたんだもん、剛くんがこの場を全力で楽しめている姿を見て腰が抜けちゃった。

ドームで、いつものバンド編成で、フロートまで、ヘッドホンではなくイヤモニで。全部が初めての体験だったのに全公演を、それを微塵とも感じさせなかったし、それを可能にした絶え間なく続く剛くんの努力に感謝だし、かっこいいし。5年、5年かあ。まさか5年後にこんな景色が見れるようになるとは思わなかった。もう5年経ったのかとも思ったし、これが5年という年月か、とも思った。

 

2人とも何度も、曲というのはその時の時代を思い出すし、時代を超えて今の気持ちに寄り添ってくれると話していて、2人、特に剛くんはAmazing Loveの中にコロナ禍という会いたくても会えない時代の困難さを入れ込んでいて。

だからこの2022年に発売された、それもコロナの第7派真っ只中で行われたコンサートを成立することができたという象徴にAmazing Loveはなるし

Magic Time goodbye & again、ここからはじまるよ、の文字通り、またコンサートで会う時間があっていつか元通りになった時に、困難な時代もあったけれどまたこれを歌って再会を約束しましょうと、今回みたくターニングポイントになった曲だと、そういってAmazing Loveを歌ってMagic Time  againを約束する未来がすごく見えた。

 

KinKiはあの年代のジャニーズにしては珍しく、アルバムを出さなくてもコンサートをやる。コンサートだけは絶対になくしてはいけない空間という、ファンと直接対面する場所をすごく大切にしている2人だと思っていて。それはある意味では寂しがりなのかもしれないし、でもそうやって直接ファンと顔を突き合わせる空間、時間を愛おしく思っている2人で。そんな2人だからこそ、Amazing Loveのあの歌詞が生まれたのだと思うし、Amazing Loveのあの歌詞を書く2人だから、私は好きなんだなあと改めて思う。

大きな愛をずっとずっと受けっとているなあ……また今年は冬にも会えるし、頑張ろう、という気持ちになる。また冬に会いたいな!

 

昨日のAmazing Loveがよかったと言う話

LFが出るまでは正直触れないつもりだったけれど

そして蒸し返すのもあれかなと思ったけれど

やっぱり全部言い切ってスッキリしたかったのでブログで失礼します


このまま手をつないでで声が漏れてしまったの

それはほんと仕方のないことだと思う


積年の愛をこっちも持ってるから、感極まって歌わなくなる姿を見てしまったらなんかしてあげたくなって声が漏れてしまうのはもはや性みたいなものじゃない?

だけどそこでハッ!と手拍子で流れを打ち切れたこと、理性のブレーキがかかったことは本当にすごいこと


そして突然の手拍子に困惑して??ってなってしまった光一さんは単に不憫……だけれどあの環境下で歌い切れた光一さんは本当に凄いと思う(いくらイヤモニしてたって地の拍手と反響音が凄そうだもん)


歌い終わった後開口一番「え、剛くん手拍子煽った?」「いや全く?」「自然発生か、いやこの曲で手拍子する?って思って。今歌ってるのって演歌か?って思った」の会話が困惑が大きすぎてもはや素だったのが、ちょっと癖にささる。


LFであの時なんで感極まったのか教えてくれたのが嬉しいし、その理由が本当に剛くんらしさが溢れてて、優しくて繊細な人だなあと思った。

直接会えない、一つの場所に集まるのも大変、触れられない、そういう時代になってしまっていることが本当に悲しくて、歌詞が叶わないことを思って歌えなくなってしまったのが、本当にその時その時歌詞を伝えようとしてくれている人なんだなと改めて思った。


そしてその後キャーのやつがあり、光一さんの「つまみ出すぞ」という至極真っ当な注意があり、空気を柔らかくするために「うちの剛くんです」(隣で剛くんニコニコ)があり。(このバランスが2人揃ってエンターテイナーだと思う)

 でも有耶無耶にしてはいけないから「ちょっと昨日よりも声出ちゃってたね………まあうちの剛くんを近くで見たからしょうがないかー!」の発言をあのタイミングで入れた光一さんは聡明だな、とまた好きになってしまった。コンサートという楽しいしあわせな空間を、次があるように安全を守る必要もあるし、でも今いる人たちの幸せを壊してもいけない。


注意ばかりしたら空気は重たくなってしまうし、逆に無視するとこれから先もキャーが出てくるかもしれない。その板挟みの中で出したあの発言は最適解だったんじゃないかなあと思う。光一さんはさ、絶対に落とし所間違えないよね。


光一さんが挨拶で

「困難な時代ですけどそんなものを飛び越えるような、みなさんが僕らに届けよう届けようとしてくれるものを感じました。それが凄く暖かくてありがたいです。」

と言ったのも

剛くんが

「今日は僕たちの方からたくさんの愛を捧げるべきだったんですが、本当にたくさんの愛をありがとうございました。」

と言ったのも

光一さんが「2人の言ってる思いは同じところにあると思います」

と言ったのも

全部あの時のファンが想いを届けようとして声がちょっとでて、でもそれをグッと耐えてたあの時間のことを指しているんじゃないかなあと思う。2人のことだから気づいているかもしれないね。


昨日のamazing loveDメロの「生きることを」「一緒に」「愛したいよ」が凄かったんです。

一緒の空間にいるのに愛しい人への声を我慢しなきゃいけない。それは辛いことだけれども、だからこそより一層今一緒にいることを愛したいし、遠くない未来また近くに行って声を出して触れ合える時代が来てほしい。そういう想いが詰まっていた歌声だった。


our love!」で仰け反りながら全力で愛を叫んでいた2人の歌声が、私からは銀テープのように見えたよ


そんな、そんな愛しい空間への愛情がこもっていたような素敵なamazing loveでした。

硝子の少年は40になっても「硝子の少年」を歌い続ける

 KinKi Kidsのデビュー曲はミリオンをとるように、とジャニーさんの悲願を受けてキスミス、ジェットコースターロマンスを経て硝子の少年が出来たという。

 ジェットコースターロマンスを作った達郎さん自身がこれではミリオンを取れないだろうと1週間待って作ったのが硝子の少年。当初は関係者から「暗い」「踊れない」という声があがり、KinKiの2人も不安にしていたそう。

 

「『絶対ミリオン超えの曲を』という難題を課せられて作ったんだけど、関係者の間では『暗い』『踊れない』って大ブーイングだった。そうすると、KinKiの2人も不安になるわけですよ。でもその時、僕が彼らに言った言葉は、『大丈夫。これは君たちが40になっても歌える曲だから』と。確信犯だった」

 

 40になっても歌える曲というのはどういうことなのだろう。それだけ深みのある曲ということなのかもしれないし、歌い手が40にまで重ねた人生のおもさに耐えられる曲ということかもしない。40になっても歌っていて恥ずかしくない曲、そして22年(KinKiは18歳デビューなので)経っても色褪せずに生き続ける曲、というのが「40になっても歌える曲」の必要十分条件なのだろう。

 

硝子の少年は点のような曲

 90年代はユーロビートが主流のなか、昭和歌謡漂う硝子の少年はそれはそれは流行りの曲ではなかったと思う。流行りの曲、そしてこれから流行る曲というのはリスナーも幅広くなるし単純接触効果も増大するので、流行りに合致するというのは売れる要素の一つになる。

 しかし流行りのものというのはいつか廃れ別のものに取って代わられる。その際に流行りの曲調で作られた曲はその時代に取り残される。いわば数十年後に「あ〜あの時代の曲調だよね〜」と懐メロに、時代を象徴する曲になる。

 その点、硝子の少年は発売当初の時点から「昔っぽさ」もとい、馴染みのよさがあった。良い意味で時代の一要素にならずに埋もれず、時代という軸の上になく時の流れとともに風化せずに曲が「点」として生き続けていること。これが硝子の少年が「40にもなって歌える曲」の理由の一つだと思う。

 

ジャニーズのアーティストにとってデビュー曲というのは自分達の象徴になる曲である。

 ジャニーズの曲は基本なんかしらのタイアップをつけて売り出されることが多いが、デビュー曲というのはどのグループでもタイアップがつかず(多分…)そのグループのためだけにある曲と言える。

あのグループといえばこの曲、あの曲のイメージ。というように、ジャニーズ事務所に数あるグループの中でデビュー曲というのは1番の差別化・キャラ付けを担う要素がある。

その中でも時代の象徴ではなくKinKi Kidsのデビュー曲という要素だけで輝き続けている硝子の少年は、名実ともにKinKi Kidsの名刺となり得ていると思う。

 

硝子の少年を書かせたのは君たちなんだよ

 デビュー曲といえば明るさやフレッシュさなど10代後半や20代前半の年齢の煌びやかな輝きを前面に押し出したものが多い。が、硝子の少年は歌詞だけ見てもそしてMVを見るとより明らかだが、「別れ」「哀愁さ」そして「危うさ」が一つのテーマとなっている。

 援助交際が横行する時代に向けての憂う気持ち、少年・少女期の壊れやすさ・傷つきやすさへのメッセージが題材になっている。こんないかにも若い頃にしか歌えないような歌詞、大人になると失ってしまう無垢さ、純粋さがこの曲の土台にある。

 硝子の少年の歌詞は当時、歌詞作りに難航していた松本隆さんがブラウン管の中で歌うKinKi Kidsをみて「壊れやすいけれど、したたかそうな感じ」「硝子だ」と思ってそこから一気に書き上げたという。この「壊れやすいけれど、したたかそうな感じ」にKinKi Kidsの、少年性を謳いつつも人に聞き手に伝え聞かせ訴えかける力があるという本質・根源を見出したのだと思う。

 

 いわば硝子の少年はデビュー曲であり、KinKi Kidsの根幹をも担っている曲だと思う。硝子の少年のインパクトが強過ぎてその後の路線に迷うこともあったと2人が言っていたこともあるけれど、デビュー曲かつKinKi Kidsの本質を突いている曲なので仕方がないというか。

 証拠に硝子というワードは君たちから拾ったという松本隆さんに対して「ぶっ壊れそうな感じがあったんですかね笑」という光一さんは一見防弾ガラスのような強さを兼ね備えているけれど、硝子の少年を歌うときは昔からの壊れそうな表情だし、剛くんはもう一度ここに立ち止まって見てそこから今を見てみようと思わせられると評している。ターニングポイントになった曲の中にデビュー曲にもかかわらず硝子の少年が入っていた理由はここにあると思う。

 

 25年前に生まれた「壊れやすさ」がいまだに目の前で歌われ、それを聞くことができるというのは奇跡に等しいものだと思っている。単純に25年続くというだけではなくて、本質がずっと変わっていない。40を超えても歌うに必要な純粋な少年性、それを失わずに未だに表現できること。それこそがKinKi Kidsの強みであり、らしさであり、コアであると思っている。

 

 

 

これでやっとDialogue Book読める……、そしたらまた色々と書き足したい

 

 

  

 

 

 

1番の理解者

光一さんは割と"隠す"人だと思う。

隠すといっては聞こえが悪いか、自分の範囲で収まることならば自分の内側に留めようとする人だと思う。

 

 デビュー後に番組で「今の仕事量は自分のキャパシティを超えていると思うか」に対して×と書いて「思ってもしゃあないですもん」と返した人でもある。

 

 今回の金スマで「そうであったらよかった」という光一さんの表情がなんとも言えない切ない顔でその後から言葉が出なかった。

 もちろん死という突然の別れ(くも膜下だったので)に対して誰も明確な気持ちの踏ん切りをつけれる人はいないと思う。でも3年も経つとその年月の中で良い意味で朧げになり、一つやふたつは折り合いがつくものだと思う。

 でもあの時の光一さんは、それこそ2019年の7月の時の顔に戻っていたな、と思う。

 あの言葉がどうしても心の底からふと漏れてしまった声のようで、多分これが光一さんの本心の一部。そして3年前のままの気持ちがそこにあったのだと思う。あの時の光一さんは多分、病室で(目を覚まして欲しい)とベットサイドで見つめていた時の光一さんで、目に映っているのはスタジオじゃなくてベットだったんじゃないだろうか。

 

 19年のコンサートのMCで(円盤になってたかどうか定かではない)、剛くんが「ドッキリだって言って欲しいよね」と言った時にすかさず光一さんが「ドッキリ大成功ー!ってね」って返したのを覚えている。いつものKinKiの間ではなくて本当すかさず、刹那の間に光一さんが返したその言葉が無駄にテンションが高くて、明る過ぎて、逆に痛々しくて泣きそうだった。(そもそもあの日の光一さんのテンションが全体的におかしかったのもあるけれど)

 「俺の携帯全然人から電話かかってこないから、まだジャニーさんの名前残ってる」そして、それがいつか消えちゃうんじゃないかな、でもそれまではまだ生きているように感じる。とも言っていた。そんなこと言われたら誰も光一さんの携帯に電話かけられないよ、電話番号知らないですけど。ドキュメンタリーでも、不思議とまだいなくなった気がしてない。いなくなってしまった実感と実感がないのが半々の感じ、とも言っていた。

 なんかその時、多分私が思っている以上に光一さんにとってのジャニーさんとの別れって壮絶なものというか、見たくないような傷みたいになってしまっているのだなあと思った。逃避本能というかなんかまだ心の底で受け入れたくない、その現実を認めたくないような部分が動いているんじゃないかなと。

 

 19年の12月あたり。思えば剛くんは強がりじゃないけれど、喪失の痛みや嘆きを表には出していなかった。多分それは隣で想像以上に落ち込んで喪失に耐えられていない人がいて、守ってじゃないけれど寄り添ってあげたかったからじゃないかなと思う。だから光一さんの何気ない一言きっかけとかで剛くんが言葉を詰まらせた時は、逆にこうやって発露していって欲しいし強がってたところもあったんじゃないかなと思ってたので安心もした。

 

 あれから3年、光一さんはジャニーさんがいない中での帝劇SHOCKは初めて、とか、この世の中の情勢をジャニーさんが見なくてよかった、とか、ソロコンの中でもジャニーさんを想い、Eternalにも重ね、いつもどの形でもジャニーさんを傍に続けてきた。3年というのは長くて、ジャニーさんがいない〇〇というのがひたすら続く。でも光一さんはジャニーさんがいないということに、話ができないということに全く慣れないまま、この3年間を過ごしてきたのだなと思う。

 愛する人の喪失を語って少しずつ過去に置いてきたり作品という形に昇華してその想いを愛や思い出に変えることができずに、そのままの痛みをずっと心の中に留めてしまっている。その繊細さ、ナイーブさが少し恐ろしくもある。

 

 ところで、光一さんの隣にいる人は自身の感情表現として音楽というツールを持ち、すぐ形にブラッシュアップすることのできる人だ。感情を切り離してパッケージにすることができる人、メッセージを受け取りそれを曲に仕上げるスキルを持つ人である。Slashなんて特に。心情をあえて「歌詞」という直接的なツールではなく曲といういわば婉曲表現にも置き換えることのできる人である。

 剛くんは、光一さん、そして2人のために「KANZAI BOYA」と「YOU」を作った。光一さんは素の自分を好んでないというか、何かするにしても作品や役というベールを一枚被った状態でする方が耐えられる人で。そんな人にとって、こうやって作品の中で少しでもジャニーさんを思い出したり、想いを寄せられる場があってよかったなと思う。KANZAI BOYAでジャニーさんを着るのも、そうして一つ一つちょっとでも光一さんの中にある喪失という記憶のガス抜き、傷への癒しになることができたのかなと思う。

 光一さんと同じくらいの時期同じくらいの濃度でジャニーさんと接してきて、その痛みが一番わかるのは剛くんだろう。「光一の最後の理解者でありたい」とは文脈は異なるけれど、少なくとも対ジャニーさんに関しては自分が1番の理解者だと思っているからこそ、「YOU」を、「友情の歌」と評したのだろうと思う。

 

 「ずっとジャニーさんの話をし続ける、そんなグループがあってもいいんじゃないかな」と言ったのはどっちだったか。2人が思い出を共有するように、忘れないように、ジャニーさんの話をし続けるのならばファンは永遠に聞くので、これからもお互いに共有できる記憶を持つ2人がお互いのそばにいますように。

 

金スマ2周目見てきます

ジャニショデコに挑戦したら光一さんの顔面が良すぎた話

こんにちは!

Twitterでたびたびジャニショをデコる方、硬貨ケースデコをしている写真が流れてきて、いつかやってみたいな〜と思っていた、ジャニショを買ってすぐ袋にしまうタイプ、ともしびです。

 

現在帝国劇場でEndless SHOCK -Eternal-が上演中でして

今まで現場にジャニショを持っていくという発想がなかったんですがここにきて大問題

 

SHOCKのチケットが映えなさすぎる

 

SHOCKがデジチケになって2年、裏面がJohnny &Aなのクソダサすぎる。もうちょっとなんかあったでしょ。あまりにも映えなさすぎない??

 

というわけでジャニショ持ってこうぜとなり、せっかく持っていくならデコろうぜ、となり急遽硬貨ケースデコの沼に足を踏み入れました。

この時、時刻は4/22(金)の18時前

現場は4/24(日)の17:30

時間が!!!!

 

知識を仕入れる

 金曜日はそのままスタジオ練だったので終わったのは21時過ぎ。そこから硬貨ケースデコというものについて調べ始めました。ネットってすごい。

↓参考にさせていただいたページ

tamtamtamtam.hatenablog.com

kt-mgmg.hatenablog.com

 

とりあえず

・硬貨ケースをデコる

・王道はパールシールでぐるっと囲むやつ

・レースをつけたりもする

・接着+αとしてレジンやグルーガンを使う人もいる

ということを把握して就寝しました

 

材料を調達

セリアに行って買ってきました!!

 ここにあるの全部セリア産。手芸コーナーにたくさんあって、特にラインストーンシールとかは色々な種類がありました。左上のレースやパーツはイヤリング部品として販売されていたものだったかな?完成への具体的なイメージもなく、あるもので似合いそうなもの買ってこ!の見切り発車で買いに行きました。

 最大の誤算はグルーガン(本体)が売ってなかったということ。なんかレジン買ってますが結局使わなかったです。

 

作業開始(23時すぎ)

とりあえず買ってきたなんやかんやを並べてあたりをつけてみます

 今回デコるのはこの光一さんです。う〜〜顔がいいのとリッチでエレガントな赤が映えますね。

よし、じゃあ貼ってこ!!と、フリンジ付きレースから作業してこうと思ったのですが、なんと

両面テープが家にない

そんなことある?!レジン使ったことないしグルーガン持ってないし、両面テープないし接着する術をなにも持っていない!!マジかよ、マジかよと狼狽えながら接着は全てテープのりに頼りました。

 

完成(1時手前)

30分くらい両面テープを探す時間になりましたが、なんとか形になり完成!!

下にあるのが1枚目、上のは息抜きで作った2枚目です

材料としては上のセリアで買ったものに加えて

・金色のリボン(家にあった)

・12角形状のラインストーン(家にあった)

が活躍してくれています。

 

ジャニショデコした感想

堂本光一、顔がめちゃくちゃいい

興奮が故の呼び捨て申し訳ない

 デコるにあたり2時間くらい光一さんしかみていませんでしたがマジで顔がいい。デコる時間は合法的に推しの顔面だけをみていい時間になります。なんという幸せタイム(合法的…?)凛々しくて美しいのに瞳がすごく可愛らしくて本当に奇跡の顔面、生まれてきてくれてありがとうございます本当に。目がとびきり大きいとかではなくて必要最低限の洗練された美の顔面をしている。だから剛くんも「素朴な顔面」っていうけどまさにそれ、機能美。光一さんの作るコンサートも機能美だと思ってる。

光一さんの顔面が気品ありすぎて似合う材料が少ない

 最大の問題がこれでした。最初はフリンジ付けたい!!と思ってどうにかなんとかしようと思ったんですが、光一さんのファビュラス高級顔面に森ガールみたいな自然素材が似合うわけがなかった。ので諦めて家にあった金リボンで枠を作ることにしました。知ってたけど光一さんは死ぬほど金が似合う。体全体金銀財宝〜〜♪

 

 久々に自分の手を動かしてなんやかんやするということをしてめちゃくちゃ楽しかったです。ピンセットでぐりぐりしたり配置考えたり………作業中は目の前にずっと推しの写真があるわけだし??ジャニショ一枚に対してこんなに時間かけて向き合うことなんてないでしょう。

 お気に入りの一枚を自分だけの飾りつけで持てるし、材料から自分で用意しているわけだからすごく愛着が湧く。これは沼の予感がします。

 

 反省点としては材料選びかな。やっぱり43になってもスパンコール衣裳を着こなす堂本光一の顔面にはそれ相応の材質が必要でした。多分色味や形状以上にPDに合わせた材質選びが大事なのかもしれない。でも今度はかわいこちゃんデコもしたいな!!もちろんデコる対象は顰めっ面ダブルピース光一さんです。

 シール主体で色味も整えつつ剛くんを海の中に入れるデコもしたい。現場に合わせて作っていきたいのでその剛くんを使える現場をください!!

 

あとは現場に持っていくだけ!接着が全部テープのりなのがとてつもなく不安……落ちないでね……………

浜辺から築き上げたものの力強さを侮るなかれ

KinKi Kidsの高純度romanceについてくるピアノコン(2022コン)の、もしかしたら多分ついてくるんじゃないだろうかと考えているとあるanniversary前の映像について、記憶だけでめっちゃ壁打ちしとく。今のうちに。

 

本当はふせったーでやろうと思ったんだけれど、色々あってこっちの方に………まだコンサートの感想も書き残せてないのにね………

 

※暗いよ!!!

コンサート翌日のツイート

KinKi25年振り返り映像、遠くからなんか白い線迫ってくるなあ〜と思ってたらオシャンな1997で、その後の映像構成も良かったので(アニバyearにデザイナーさん付けてきた!ヨシ勝った!)と歓喜したりもして。 1997→2000→2005→2016→2020と順にジャケ写やライブの映像とかがモノクロで映る

やっぱりデザイナーがちゃんと付くと嬉しい

 

 なんかもうどうしてもどうしようもないんだけれど、去年はずっと「ジャニーズ25周年問題」が頭の中をチラついてた。ジャニーズグループは20周年から25周年までに必ず悪いことが起きる、というジンクスのこと。この言い方が好きじゃない人がいるのは知っているけれども、ファンにとってはグループがなくなる・いないことの点においては同じなのでこの言い方をします。

 それもここ数年は、「自らの意志で活動休止・解散」を選び取ったグループ、かつ、推し(自担)だったので本当に本当にずっと考えていた。もはや夏を超えたあたりからは25周年が怖い、としきりに呟いていたと思う。

 

 色々考えた。自らグループをやり遂げること、なぜそうするに至ったか。40代ジャニーズのセカンドキャリア。「ジャニーズ」という名前が障壁になること。KinKiは20代からセカンドキャリアを歩み始めているし、障壁ともうまく付き合っている気がするし、何よりもソロという「自分の場」を持てているのだから大丈夫だろう……。(光一さんにはサードキャリア問題が出てきているけどここでは関係ない)じゃあなんだろう、やっぱり健康でいることを祈るしかないよな(尻目にツアーの合間に平安神宮やる剛さん、3ヶ月89公演やりながら打ち合わせとかもしてた光一さん)うわぁああああぁあああああん2人とも健康でいて……!!!(しかしステージが好きなオタク心)2021年の後半はずっとそんな感じだった。

 

 実際カウコンで25周年メドレーを(anniversary1曲だったのにメドレー表記とは)(メドレー表記だったよね?)歌われた暁には、anniversaryに泣く自分と、とうとう25周年がKinKiの番になってしまったの両方の意で泣いた。

 
そしてKinKi側から直接、「25周年イヤーに入ったよ」と初めて明確に言われたのがこのムービー。

 この時会場本当にシン…として(多分)涙ぐむか感慨深く見てたのに、2020の文字の時に1番どデカく映ったのが「鏡餅と橙」であの瞬間だけウッwwwと皆さん笑いが堪えられなかったのが凄く面白かった。なんで「鏡餅と橙」を1番に持ってきたんwww 

ハピグリ/シンクリのジャケ写の顔面の威力半端ないよね。

 KinKi2人だからさ、特に初期とかは顔面ドアップが多いから、2人の変わってるようで変わらない顔つきとか、髪型とか、変わっていく目つきとか、ずっと追えるの。まるで1人分の人生を振り返ってるみたい。わたしのムービーへの最初の感想がお葬式みたい………(本当悲観的オタクで厄介)だったのでね。

 当たり前だけれど、2人で振り付けを作ってやった時の2人も、嬉しくなっちゃってMCでキスしたりした2人も、シャンプーの向きでお前とは絶対結婚できへん!ってふざける2人も、カメラの前で自慢の大胸筋でオシオシする2人も、全部同じ脳みそなんだよなあ。

2016→2020の移り変わるときに1番大きく出てたのがウィアコンslave makerで背中合わせのギターの剛・歌う光一のソロの待ち合わせの瞬間で、やっぱりあれは転換期だったのだなと思い。あの時ジャニーさんがKinKiのステージで今までやってきたソロのこともやってみなさいと言ってくれたことに本当に感謝
この時ピアノの薄荷で、多分その尺では弾いてないんだけれど、「君だけが僕が選ぶ人 竜巻みたいな時代に生きても 君となら上手にやれるさ」が脳裏によぎって、もうなんか末長く2人で一緒に歌を歌ってて欲しいし死ぬ時はステージの上で二人同時に死んでほしい 
 普通周年ムービーって感動かお祝い風に寄せてくものだと思っていたけれど、あの映像はなんか違って。微笑ましい瞬間や記録の映像もありながら、鏡餅と橙という笑要素や、slave makerの待ち合わせがフィーチャーされてたからかもしれない。
 あの2人が、KinKi Kidsが25年築き上げてきたものが、こんなにも素晴らしくて力強くて、素晴らしいものなんだぞ、と。この2人にしかできない表現がある。紆余曲折を経て、これだけの表現を身につけてきたんだぞ。となんか、「だから信じろよ」くらいの力強い衝撃をくれた。
 それまでずっと「25周年が怖い……」「何で人間は歳を取るんだろう…」とかずっと後むきに考えていた自分を、マーーージくだらんこと考えてる!!くらいの勢いでぶっとばしてくれそうななんかおっきなパワー。
 25周年のジンクスくらいぶち破ってやるぞ、みたいなそんなパワーを感じました。だからその時、KinKiは戦うんだなと(何と?ジンクスと?解散だのなんだの揶揄する◯◯関係者と?)なんか確信した。
 
本当に、本当にいいムービーだった。これに合わさる園田さんのピアノの薄荷キャンディー。いい塩梅にメロディと伴奏部分が混じり合っていて、歌詞が思い浮かぶところを指す意図があったんだなあと思う。「静かに満ちてくる 波のつづれおり」とか。
砂浜ってまさに母なる海が陸に上がるところ、母体から出ていくところ。始まりの場所。
そこからつれなす2人の物語をこうして、今、ここで、みているんだなあと感慨深くもなった。

 
まあね、つまりはあのムービーが本当に最高だったんですよ。KinKiの物語とパフォーマンスと、歴史と、そして堂本剛という人と堂本光一という人の、2人の人生の走馬灯を、そしてこれからをみているようで。うまく言えないけど。
これをね、私はCDの「Anniversary from KinKi Kids Concert 2022」の中に入っていると思っているよ。
 
KinKi Kids 44th single 高純度romance 2022.03.16 発売おめでとうございます!!

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高純度romance 本日発売!
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これでなかったらどうしよう……
 
 

「観客の想像力に委ねる」- 3/3 千と千尋の神隠し

千と千尋の神隠し。3月3日ひな祭りの日に行ってきましたーー!!

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2/28に萌音ちゃん回のプレビューがあり、3/1,2は環奈ちゃん回で今日が初日ラストという日でした。ナイツ初演の時もプレビュー二日後の初日にジョン来てて、今回もいらっしゃるかな〜と思ったら普通にロビーで行ったり来たりしていた!笑

(左端にかろうじて映るワインレッドのニットがジョン)

心の中で両手を合わせて拝み倒しました(会釈くらいしかできなかった)

 

千と千尋の神隠しって舞台にできるんだな……と驚いたのが正直な感想。

 映画の方を最後に見たのが何年前?という感じだったからうろ覚えだけれど、流れとかはまんま映画通りだったと思う。あと映画通りだなあと思ったのはキャストの皆さんの声でした。

 千尋千尋の声だったしハクは完全にcvが入野自由だった。リンと千尋ママもそうで舞台を見ているはずなのにキャラの声が耳に入ってくるから頭が混乱しちゃう。再現度がすごい。そういう意味では本家の夏木マリさんとWキャストになってる朴璐美さん(湯婆婆)なんてプレッシャーとか半端ないだろうにもう本当すごかった!悪意に満ちて豪快な湯婆と包容力があって器の大きい銭婆の演じ分けが光輝いていた。

 

「観客の想像力に委ねる」

 多分見た人の100人中100人がセットがすごいというだろうなあ、と思うくらいセットが豪華でお金のかけ具合が半端なかった。帝劇の上に迷路が出来てた。パンフレットにセットの写真があるんだけれど載せていいのかな…?5月くらいになったらそっと追加してるかもしれない。

 美術担当はナイツテイルと同じくジョン・ボウサーさんで、ジョン・ケアードと共有している信念「観客の想像力に委ねる」を思う存分味わえました。最高。ナイツとの大きな違いは観客を板の上に巻き込むか巻き込まないかでナイツは巻き込む型、千と千尋は観せる型かな。

 メインセットは盆の上に油屋の建物があり、そこから一本廊下が伸びているのだけれど、これだけで油屋の場所全てを表現してしまえるのだから面白い。盆が回転するのに合わせて千尋が動いて部屋の中に入ったんだな、とか。あと序盤の千尋が湯婆婆を訪ねるところでコミカルにエレベーターがどんどんと昇っていくシーンでは、動いているのが照明だけというシンプルさ。油屋の出口にある梯子は油屋の上層階の外につながる梯子になるし、こういうみたてというか、余白を観客自らの想像力で描け!というのは楽しくて興奮する。

じゃあ舞台は映画の内容をコンパクトに板の上に収めたものなのか、と思いきやそうでもない。

 

 個人的に素敵だったのが二幕で6番目の駅に赴くため電車に乗るシーン。うるさく騒がしい油屋の場面とは一転して舞台の上で誰も何も喋らない。人外たちに囲まれてただただ電車に揺られていくシーン。スクリーンには夕日に照らされる海が映り、影になった人型が次々と電車から降りて、千尋はハクを助けるために銭婆のところに向かう。この物語の一番谷でもあるシーンはこの時の千尋の孤独や背負っているもの、不安を示しているなと思った。物語として動きがある部分では決してないんだけれど、あの時間を観客に体感させるにたっっぷりと時間をかけたところ、本当に大好きです。

 舞台の板の上で流れる時間と観客が実際に体感している時間。そこをどうすり合わせて描くかが舞台の面白いところの一つだなあと思っていて、今回はこのシーンでこの時間の融合を感じられた。

 

 セットだと上手、下手の回廊もすき。今回センブロのほぼほぼドセンから観劇していたので袖とかが一切見えてないのがあるのかもだけれど、回廊を置くことで舞台袖までが舞台だった。見えてないけれど回廊の奥にも油屋の部屋や空間が広がっているのが見える。これは楽しかったなあ……あとこれは帝劇以外の舞台でみたらまた違うのかも。個人的には一番博多座で見たいです。だって博多座なんて客席から出てもそこは油屋(広義)じゃん?絶対楽しいに決まってる。壮大なセットと対比にパペットはかわいい。神様たちは衣装さんの腕の見せどころでもあったし、坊とかは小さくて笑

 

クルクルクルクルステージング

 ジョンケアードの頭の中はどうなってるんですか???転換とキャストの動きがこの舞台めちゃくちゃ激しいと思う。場面として場所を動かさないといけないところとか、パペットだけを移さないといけないところ、千尋が走っていくのを描かないといけないシーン。色々な要因で移動が多くてキャストと装置の転換と小道具の移動全てが複雑に絡み合ってる。これはアンサンブルはじめキャストの人も大変そう……笑

 で、この場面を動かしているのが人なのが好きなポイント。盆の動きに合わせて転換はしているんだけれど、こうなんというのかな……人の動きへの誘導が上手い?確かにこの舞台にはたくさんの機械が使われていて、照明とかもふんだんに用いられているんだけれど。でもその中で生きている人同士の反応をすごく大切に描いて演出しているからすごく人の心を感じて、ジョンの演出は好きだな〜とまた思う。メカニカルなんだけれどもアナログで人間的というか。その狭間というか。そして同じく映画と舞台の狭間というか。舞台の上でできるであろう表現の地続きに、アニメでないと出来ないだろう表現(のみたて)が目の前で起きていたので、現実と空想の境界が曖昧になるというか夢を見ているような心地だった。

 

 音楽は基本的にはサントラに忠実という記憶だったけれどどうだったかな!みんなで雑巾掛けする時の動きと音楽はあー!これジョンとブラッドのタッグ感半端ないー!と思った。そういえばオケはオケピにいなくて、え?そこにいたの?!となるところにいてちょっとびっくり。確かに帝劇の奥行きってもうちょっとなかったっけ??と思ったんだけれど、途中から物語にめり込みすぎてそんな詮索をしなくなったので。

 おくされ様の中身がよきかな……と言って飛び回るのも良かったなあ。突然のフライングでびっくりした(パペットは人じゃないから客席上空のフライングできるもんね)完全なストプレ(なのに折井さんいるんだ?とは思った)と聞いていたんだけれど、要所要所で歌が差し込まれていて、まさかの歌も聞けて大満足。

 

冒頭に書いた通りキャストとキャラの一致性がすごかった。みなさんこのキャラがこの人じゃないとだめだなと思わせるほどの一致ぷり。

 まず萌音ちゃん。小柄な上に声を幼く作ってたのでカテコでお話しするときまでもう萌音ちゃんが24歳だということを忘れていた。大人の女性なんだけれども、舞台の上にいる千尋は10歳だった。ジブリあるあるのあのバタバタした動きも本当年相応にしていたのだけれど、舞台として綺麗に見せる、というのもされていてにっこり。肘から先の動きが私は好き。

 三浦さん。ダブルピルエットからハクに変わるシーンがとっても綺麗だった。ダブルピルエットというか私にはトリプルアクセルにみえました。本当はどうなんですか。入野さんの言い方をものすごくトレースしようとしているようにも感じた。佇まいとか、一つ一つの動作が美しいですね………ハクがコロコロ…………試験終わったら源氏双騎見ます(源氏のどっちかわからないけど絶対あれは髭切でしょ。兄者だよあの空気は)

 カオナシもとい辻本さん。ダンサーさんとお聞きした。カオナシは動きがない分いざ動いた時の奇怪さの威力がものすごく、体を自在に操れるダンサーさんならではだなあと思った。個人的にはもっとカオナシのダンスいっぽ手前動作見たかったな!お、これからダンスする?と思ってしなかった部分があったので

 

 正直これが初日(正しくはプレビューあり)(でもゲネプロできなくて実質プレビューがゲネプロだよ、とジョンが言ったらしい笑)なの??と思うくらいだったので、Wキャストも、そして時間を経て深まったカンパニーがどういう演技をするのかがすごく気になるところ。なんたってまだ始まって4日目だし、これが7月まで続くんですよね。

 カテコで萌音ちゃんが「7月まで続きます!ふとした時にどうしてるかなー?頑張ってるかなー?」て思い出してください」と言っていて、本当に長旅だと思うし私は多分時々そう思うでしょう笑「色々な事情があり、初日が遅れたりする舞台がある中でこうして予定通りに初日を迎えられたことを幸せに思います………(中略)7月までずっとみんなで走り抜けたいです!」と萌音ちゃんが帝劇の真ん中で座長としてお話しされてて、グッときた。この状況下の中では(個人的には)7月まで誰もかけずにみんなで走り続けるというのは夢物語に近い(と思ってしまうこの状況が悲しい)と思うので、だからこそ千と千尋カンパニーのみなさんが7月まで無事にたどり着けますようにーーー!!良いものを作り上げて、見せてくれてありがとうーーー!!